― 地球環境の提案 (その3) ―


  私はほぼ毎年、ここ十数年中国の砂漠地帯や黄土高原の緑化ボランティアに参加しています。
中国政府も日本人等のこのような緑化活動に触発され、近年非常に緑化に力を入れており、ハゲ山にものすごい勢いで植林が進んでいます。政府の力の入れように比して、人民の自覚は今一つという感がありますが、生活力向上に従い、自覚も高りつつあるようです。

このような活動を続けていったなら、中国の黄土高原は1000年後には昔のような大森林に戻り、元のように雨も降るようになるかも知れません。しかしながら、森が完成したならば、大気中のCO2が毎年減少しつづける訳ではありません。
森林は、自らの体に固定している炭素(C)の分のみは大気中からCO2を吸収した結果ですが、森が完成してしまうと、それ以上に大巾なCO2の吸収は行なえなくなります。木の葉や枝が落ちると、地表でそれは巧ちていき、バクテリア等により分解され再びCO2とH2Oに分解されていきます。完成された森には、大気中のCO2を削減してくれる効果を過度に期待する訳には参りません。森林活動を確実にCO2削減に結びつけるには木や枝を伐採採収し、それを燃料にしたり、腐敗させることなく利用し、再び森林として再生させつづける必要があります。

この有効な利用方法の1つに炭化があります。炭にすると、地表にあってもバクテリアは容易には分解出来ず、数百年程度はCを固定しています。炭作りは、自らの着火によるエネルギーで出来る為、切ったり運んだりするわずかのエネルギーを除いて、他方からのエネルギー供給が小さくて、大きなCO2固定効果があります。炭にしたまま、土壌改良材や調湿炭として使用している分は、正にCO2を大気から減らしたと言えるでしょう。


現在太陽電池による発電や植物由来の燃料油から、ガソリンをつくったりして、CO2削減の努力がされていますが、これらの生産や供給過程で使用される石油エネルギーを考えると、果たしてCO2削減に寄与しているのか疑問も生れます。
私が子供の頃は、村の大人の副業として炭焼きがよく行なわれていました。一定面積の山の木だけを地主から買い、その場所に土で炭窯をつくり、ノコギリで森を切り、炭をつくり車の来る道まで担いで人力で運びだしてものです。この工程の中には殆ど石油エネルギーを必要とするものがありません。炭焼きに適した山は広葉樹のナラやクヌギ、クリの木で、皆伐しても、その根から次の年に芽吹き10数年で元通りの森になります。

熱帯雨林の減少が問題となっていますが計画的な再生出来る伐採を目指し、ODA等はこのようなところにこそ金を使うべきでしょう。これからのODAは地球環境を無視したものには1円も金を使うべきではありません。途上国の大きな問題は、貧困であり、現金収入のある働き場所のないことですから、熱帯雨林を焼き払って商業生産用農産物をつくるよりも、計画伐採と炭化計画、再生計画を組み合わせて、CO2を削減しながら現金収入のある道をつくっていかねばなりません。世界中で炭が大量に生産されるようになれば、炭で走る車が出来るかも知れません。炭で発電する発電所が出来るかも知れません。植物を発酵させて作るアルコールと混ぜることにより、全く新しい燃料を作り出せるかも知れません。

その時、私達はコストは高くても環境税を払うつもりで途上国で生産された、森林を破戒しない炭を使うようにしていく必要があるでしょう。


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